懐かしの道具たち

うちの近所には管理釣り場があります。いわゆる川の砂利で区画を作ってその中に養殖をしたマス類を放って釣り客に釣らせるというところです。先日近所のオジサン仲間達が井戸端会議をしていて,久しぶりにそこへ行きましょうということになりました。みんなでワイワイと竿を出しながらストーブやら何やら持って行って、珈琲、カップ麺、熱燗、焼酎お湯割りなんかも用意して嫁さんの悪口を言い放題で楽しもうという企画なんです。
そこで今夜は独りなのを良いことに久しぶりに釣りの道具を持ち出して、酒の肴にしてみました。

寺の次男坊として生まれたのですが釣りをしていました。幼稚園の頃に父親に連れられて、寺から5キロほど離れた桂川に川遊びに行ったことがあるんですが,そのとき簡素な釣り道具を買ってもらったんです。僧侶である父がなんでそんなものを買ったのかいささか疑問なのですが、たぶん絶対に釣れることはないと高を括っていたのでしょう。ところがなんと、ビギナーズラックのジンクス通り40センチほどの鯉が掛かってしまいました。父、年子の兄、それに本人の僕が大騒ぎでこれを釣り上げ、父はこれまた大騒ぎで口から針を外し再び川へ放してやり、可哀想なことをしたと僕たちの竿を取り上げてしまいその日はそれで帰りました。父の背に負ぶされて堤防を上がりながら、夕陽に照らされた父の横顔と大きな背中を今もしっかりと覚えています。が、その時の竿のしなり、手に残る道糸から伝わってくる鯉の力強い感触。そのこともしっかりと忘れることが無くなってしまいました。
ということで、中学生になったころから密かに友人を誘って釣りに出かけていました。もちろん家族には絶対秘密、道具も友人のうちで預かってもらってました。
結婚後は家内の理解もあって、二人でたまに海釣りに出かけていました。外房の漁港では家内に大きなチヌがきて僕はアイゴに終わったこともあり、二人で飲んでいるとたまに家内がその時のことを自慢げに話したりします。だからビギナーズラックだって。
ただもっとも熱心になったのはフライフィッシングでした。川を読み、虫の種類を調べ、合致したフライを毛針を結んで、そっと置くようにポイントの流れに投入する快感。やっと出会ったカーティス・クリーク(自分だけの秘密の川)でのイワナの連続11ヒット・・・もう堪りません。一時は毎日釣りのことばかり考えていました。冬の禁漁期には夜な夜なタイイング(毛針を作ること)をして過ごしていました。
ところが、急に熱が冷めたのです。いや正確には冷めてはいないのですがやはり父の言ではないですが、殺生をすることに心が痛み出したのです。魚という生き物が好きなのにその魚の命を弄んで良いのかという自責の念が大きくなりました。
それと川が怖くなったんです。独り源流域を遡上してゆくと春先などはいろんなものを見たり聞いたり臭ったりします。とあるシーズンに福井の山の中に入っていると鹿が死んで川辺に転がっていました。それも二頭です。春先に鹿の死骸はよくあることです。慣れてくるとちゃっかりその毛を少し切り取って持ち帰ったりします。鹿の毛はフライの材料にもってこいなんです。ところがその時の状況はもっと緊迫したものでした。なんと向こう岸の崖が崩落していたのです。たぶん親子だろう二頭の鹿は地面ごと川へ落とされて絶命したのだとわかると、独りこんな山奥まで来たことを後悔しました。独り登山やキャンピングでテントに籠ることには全く動じないのですが、この時は山や川や目の前の自然そのものが物凄く怖くなりました。一刻も早くこの場を去りたい衝動に駆られ、殆ど転げるように川を下りました。

その時に使っていたIZCH(アイザック)PG703。京都の名ビルダーの手によるバンブーロッドです。沢山のアマゴ、イワナに逢わせてくれた相棒です。7フィート3インチ、3番なので静かな渓流でそっとフライを流したりするのに良い感じです。名竿ペイン97Hのテーパーを基本にしたと言うしなやかでトルクのあるロッドです。綺麗なフライ図柄の錦織のロッドソックス(竿袋)が付いていてなかなか小粋なやつです。

ご存知SAGEです。SPL373-3 三本継ぎの7フィート3インチ。これも3番。IZCHがバンブーなのでもっと気軽に使えるものが欲しくなり入手しました。カーボンロッドです。非常にシャープなファーストアクションで、どんどん釣り上がって行くのには持ってこいです。思うに近畿の渓流のほとんどではこの長さくらいがちょうど良いのかも知れません。これは管理釣り場でも活躍してくれました。なんと一日100匹越えを達成したのもこの竿です。ただしこの時はドライフライ(水面に浮くタイプの毛針)じゃなくてマーカーを付けたウェットフライでしたが。

これもSAGE。GFL480です。8フィート4番。もうちょっと川幅のあるところで使いたいので敢えてこの竿を探しました。GFLはアクションが素晴らしい竿なんです。ダブルホール(キャスティングの方法の一つ)でちょっと頑張ればフルライン(フライラインが全部出ること)が飛ばせます。近所の川の下流で50センチクラスの鯉を掛けたのはこの竿でした。鯉はまったく戦車のような魚でして、ラインを出し切られて終わりました。でも鯉釣りの面白さを共に感じた竿です。真面目に渓流でも使ってましたけど。

これはちょっと訳ありの一本です。ブランク(竿の本体)はアメリカのヘキサグラフ社のもの。グラファイト製でありながら断面がバンブーのように六角形になっています。バンブーのアクションをそのまま軽量なグラファイトにしたみたいです。実はこれティップ(竿の先端)を折ってしまったのを愛知のビルダーにリビルドしてもらったのです。それで約6フィート。ティップ折れでやや硬くなったので5〜6番のラインがぴったり来るようです。が実はリビルド後は一度も使っていません。丁度その頃に例の鹿の死骸と崩落を見てしまったので。グリップが物凄く凝っています。コルクの上から焼色の入った藤で巻き、その上から本漆でコーティングしてあります。どこから見てもバンブーロッドにしか見えない、しかもスペシャルな一本です。薮沢をゴソゴソ釣り上がるのに丁度いいのでしょうが、果たしてどんなアクションか使ったことがないので未知数です。しかし酒の充てに眺めるだけでもうっとりします。

今はこの四本しか手元に残っていません。多くの竿はいつの間にか人の手に渡って行きました。

釣り場にはどれを持って行こうか悩むところです。