WERRA 4 と言う一つの結晶

 写真に凝りだすとおおよそ二つの方向に進むようだ。
 一つは写真技術を高めて腕を磨き、公募展での入選を目指し、あわよくばプロフォトグラファーにという真っ当な方向。もう一つは沢山の写真機に囲まれた生活がしたいと言うやや屈折しているとでも言うべき方向である。
 僕はほとんど後者の範疇にはいるだろうと思う。写真を撮らない訳ではない。月に何度かは撮影に出かけているし一回の外出で100ショットくらいは撮って帰ったりしているし、自宅には狭いながらも暗室を拵えてあるし、以前はアンセル・アダムスのゾーンシステムを学習してフィルム上で白から黒までの階調を表現できる現像方法も見つけたりしたものだが。
 それでもカメラが好きだ。それも少し変わったカメラが大好きだ。LeicaよりCasca2、Periflex、Gamma、Opema II、といったマイナーだが創意に溢れた機械が好きなのである。中でも旧共産圏で作られたカメラにはソソラレルものがある。旧ソ連製のレンズの超高性能さは周知のことであるし。
 今日は仕事でちょっと調べておきたい事があったので本棚で探し物をしていたら隅っこからコロンと出てきたカメラがあった。

 それがこれ、WERRA 4 である。特徴ある愛すべきカメラなので少し紹介したくなった。生まれは多分昭和31年頃なので僕よりちょっと歳上である。当時の東ドイツ、Jena(イエナ)のCarl Zeiss 社で製造され、0〜5型、最後期のWERRA Matic といったところが知られている。0型、1型に(単にWERRA)にブライトフレーム入りファインダーと単独セレン式露出計がついたものが2型、それに連動距離計、交換レンズ式、しかし露出計無しのものが3型、さらに連動距離計、露出計、レンズ交換式、ファインダー内に35、50、100mmのフレーム枠が付いたものが4型なのである。ちなみに5型はファインダー内下部に連動露出計の指針が組み込まれ、より操作性が優れたものとなった。ただ5型はグッタペルガ(バルカナイト)が黒色のみだったように思われ、形も丸みを帯びてややズングリとした印象だった。

 上面にはレリーズボタンと露出計の窓のみというシンプルさで直線的で簡潔なイメージであるが、その簡潔さは独特の優れた機構が支えている。実はフィルム巻き上げとシャッターチャージはレバーではなく鏡胴のリングを60度ばかし捻って行うのだ。実際に使ってみると巻き上げ動作が驚くほどスムーズ。左手でリングを下から持ってむしろカメラボディを右に捻る感じで完了。面白いアイデアで僕がWERRAを愛する所以はまさにここにある。どこのメーカーも考えなかった機構を取り入れるという気概に満ちているではないか。

 ご覧のようにレンズ交換式である。Cardinar 100mm F4.0, Tessar 50mm F2.8, Flektogon 35mm F2.8 の3本。Cardiner 100mm はさすがにこのカメラでは不便を感じるがFlektogon 35mm はの写りも秀逸で是非手に入れておきたいレンズなので気長に探してみようと思う。シャッターはビハインド方式5枚羽根、ZeissおなじみのSYNCHRO-COMPUR 1/500。この4型は1/750まで切れるPrestor RVSシャッターが付いているのもあるが僕のものはSYNCHRO-COMPURが付いている。露出計窓には蓋が付く。蓋をして屋外、開けて室内や暗い場所に使う。よくこの窓の使い方は難しいというかたがおられるがそれは間違い。閉めたままでは鏡胴にある右側三角印に指針値を合わせ、開いた時には左側三角印に合わせる、ただそれだけの事だ。

 標準レンズには本体と同色のカバーが付いているのだが、これがまた面白くてキャップを開け反対にしてレンズに付けるとフードとなる。こんなところも大変合理的に考えてありユニークだ。
 またWERRA 4 のファインダーはミラーではなくプリズムを使うという大変な凝りよう。なんと視度調節機能もあり非常に明るくて見やすいので上下像合致式でのピント合わせも楽である。各フレーム枠もはっきり見える。

 レンズはもちろんCarl Zeiss Tessar 50mm F2.8 でこれが猛烈に良く写る。ここで作例をお見せできないのが残念だが開放から抜けがよくまた色乗りがしっかりとして特に青空を写すと吸い込まれそうな独特の発色をする(フィルムにもよるが)。モノクロ時代のレンズは個性的な発色をするものが少なくない。カラーフィルムを想定していないためだがそれが反って良い味わいとなる。このTessar がそれの良い見本だ。ただなにぶん古いレンズなので状態の悪い個体も多く、このレンズに巡り会うまで3台のWERRAが必要だった。以前見つけて入手したWERRA 5 は交換レンズを含め3本ともだめであった。オールドカメラ漁りの使い古された苦心談なのだが。
 とにかく懲りに凝ったカメラである。鏡胴の各リングはアルミの削り出しを美しく磨いてあり、フード兼カバーにもアルミの薄いリングがあしらわれてその丹念な仕事ぶりに惚れ惚れとする。似たようなレンジファインダーカメラとして思い浮かべるのはMINOLTAがライカと組んで発売した名機CL 、CLE があるが、それとはまた一線を画したこだわりの美しさを感じる。というかこのカメラの設計者はかなりのカメラオタクだったのではあるまいか。
 両手の中にすっぽりと収まる大きさにこれだけの機能と性能を美しく詰め込まれて、60年近い年月を経てもこの小さな結晶のようなカメラは愛くるしく輝いている。
 コンパクトデジタルカメラもいいがたまにはこんなカメラをぶら下げて街を歩くのも悪くない。中古カメラ店で見つけたら是非手に取ってみてほしい。