久しぶりにオートバイの事など

と、題名は書いてみたものの先ずは日記から。

7月25日(火)
事故から復帰以来、火曜日は手のリハビリを兼ねて(?)一日水彩画に充てている。午後からは十人余りの人に拙いながらも教えたりしている。この日も皆を引き連れて、京都、八瀬方面にスケッチをしたあと貴船「右源太」で川床料理を楽しもうと思っていたのであるが、暑さで半分の人がキャンセルされることとなったので急遽中止とした。仕方がないので午前中に部屋で頼まれ仕事の絵のエスキースを描いて、午後から京都市美術館で開催されている「フェルメールからのラブレター展」を観覧する。
私の最も好きなオランダ写実絵画、特にレンブラント、デ・ホーホ、フェルメール、ヤン・リーフェンス、ダウに観る人物描写はその昔、図録から必死に模写をしてころを思い出して感慨無量であった。しかも図版では決して見えてこない作者の息遣いが、絵画の直前わずか1メートルという距離ではっきりと感じることができた。17世紀オランダの風俗に見える人間の息遣いである。
藝術がアートと謂われるようになって久しい。だが、アートという言葉の曖昧さの中に多くの現代作家は自惚れてはいないだろうか。直感は藝術のきっかけたり得るがその上での編纂、推敲がなければその体を成さない。そこには弛まぬ努力と常に過去の模倣からの実践がなければならない。演劇の世界でもしかり。シェイクスピアエドワード・オルビーアーサー・ミラーさえろくに読んだ事のない脚本家がいると聞く。全くの噴飯ものである。それで脚本家というのであればそれは詐欺師である。情けない話だ。しかしこの堕落は現代マスコミの罪ともいえるだろう。ヘビーローテーションともいえる繰り返しの宣伝によって良くないものも良いと思わせられる。アーティストという商品が作られるのである。またそこへ群集大衆心理が働いて異を唱える者は阻害され糾弾される。本当にそのアートって良いと思うのか?岡本太郎、本当に好きなんだろうか?草間彌生、本当に良いと思っていたのか?もう一度自身に問いたいところである。

ボヤキまくってしまった。あぁスッキリした。

※「芸術」と書くのは誤り。「芸」と「藝」では漢字の本質が違う。芸は略字で「云」は元々「うん」と読み(耕耘機しかり)伝える、返すといった意味がある。だから「芸」という略字では意味をなさない。困ったことである。

一旦帰宅、シャワーのあと再び京都へ出向く。自転車の友人Uさんが鴨川の床に招待してくれたのである。

この日の京都は案外涼しかった。Uさん、Hさん、K君と私で大いに喋り大いに食べ、そして控えめに飲んだ(笑)実に楽しいヒトトキだった。しかしUさんは今月初めに事故に遭われ一時は臥しておられたのだが、驚くべき回復力でお元気になられていた。何やら新しい自転車も近々納車らしくウキウキされていた。シェイクダウンには是非お供したいものである。日本海でも行きましょうか?


さてさて、本題のオートバイである。実は一昨年の事故以来、左手首に後遺症が残り内側に曲げることが困難になってしまって重いバイクの取り回しが非常に辛いのである。モトグッチからより低重心のBMWに乗り換えて多少は軽減されたといってもやはり痛い。自ずとライディングから遠ざかってしまった。でもやっぱり好きなんよね、オートバイ。ガレージの隅にじっとしているR1200R。眺めていると愛しいやつである。放置はバッテリーにも悪いし。ということで痛みをこらえて月に数回、ソロでぶらっと100キロほど走っているのだが、今日も午前中、用事ついでに走ってきたのである。ガレージに入れるときがやはり一番痛い。前の道に一旦停めてポケットの電動シャッターのリモコンをポチッとしてバックでガレージに突っ込んでいるのだが前の道が約10%の坂道である上、ガレージと道とに段差がありハンドルを持つ左手に負担がかかるのである。素直に前向きでスッと入れたらいいやんとの指摘もあるが、私は発進の時にすっと出たいのでいつもこのようになっている。

そしてオートバイの夏は地獄である。熱地獄だ。ただでさえ熱いエンジンに跨がって、ヘルメットに長袖、長ズボンだから当然だ。炎天下に一時間も走れば意識が朦朧としてくる。未だにナルコレプシー(突発性睡眠)症状から脱却できていない私にはこの暑さは睡魔が襲ってきて命取りである。しかも多汗症の治療でETS(交感神経切除手術)を受けたことで起こる代償性発汗がひどく、風通しが悪いと胸から背中にかけてビショ濡れで気持ち悪い・・・。
そんな精神的身体的理由から安全最重視のプロテクターびっちり装備で暑さを耐え忍ぶことは到底出来ない。もう私の夏はどこかへ行ってしまったのであろうか〜(泣)
そこで今日は実験的に速乾素材のインナーにこれまた速乾素材の半ゾデポロシャツに自転車用アームカバー、ボトムはマックスフリッツのライダーカーゴ(ジッパーで換気口が開くやつ)、頭はショーエイのジェットヘル(クールインナー)で走ってみた。走り始めは少し怖い感じがしたが、慣れてくると当然非常に涼しいし動作にも無理がなく、身体がリラックスできる。リラックスすると汗も少ない。しかも強い陽射しの中を京都まで走ったが一度もボンヤリすることはなかった。そしてノンビリ走るうちに気が付いた。涼しさは安全に対する重要なファクターであると。転んだ時の防御を優先するのか、予知運転のできるよう脳や身体を冷やしておくほうがよいのか。ノンビリ走るのであればむしろ後者のほうが良さそうである。
ゆっくりと走る夏のライディングはこれに限る。