しまなみ海道ひた走り

多々良大橋の龍

五月十六日(土)

自転車に再び乗るようになって早丸一年。
その記念に、しまなみ海道を走ってきた。
前日の土曜日に尾道まで車で移動。山の上の千光寺山荘に泊る。
この宿は窓から眼下に尾道水道が見渡せる絶好のロケーションだ。


夕方の到着で時間がなかったので尾道寺院めぐりは断念し一風呂浴びた後、夕食まで暫しの時間、近所の「千光寺」へ行く。夕日に照らされた街並を見下ろしながらノンビリと歩く。湯上りの肌に青葉の風が心地よい。


途中このようなものを発見。松の根がは大型の爬虫類か恐竜を思わせる奇怪な眺めである。そもそもこの山は岩石が多い。というより巨岩だらけだ。これから訪ねる千光寺にしてもそうだ。境内には巨岩だらけ。くさり山、鏡岩、玉の岩という頂上に大きな石の玉を頂いた巨岩まである。巨岩信仰といえば自ずと気付くのは天孫民族である。寺院は806年開基の真言宗派の古刹だが、元は太陽信仰の霊場だったのだと推測できる。

ちょうど鐘を搗いていたところだった。気の良い房守りが参詣客につかせている。
五つ鳴らす最後の一搗きを私にさせてもらう。
いちと、にいと、さんと
ごーん。腹の底に鳴り響く。感動する。
南無大師遍照金剛、全世界に幸あれかし。
日の入りまでの時間、房守りと談話。曰く、古の尾道は風水を活用して社寺と建立したと。しかも推察通り、アマテラス一族と関係がある。等々。話は尽きぬが晩餐の時間が迫ってきたのでその場を去る。家内に御守りを一つ土産に買う。
しかし参詣客は若い女性ばかりだ。なかにはカップルもいたが他はうら若き乙女子達ばかり。
帰り道、すっかり黄昏てきた参道を岡山から着たという四人の女性と話しながら帰る。
良い気分だった。


この晩は水道の向こうに出た月を観ながらの食事となった。雲丹とメバルが美味かった。独りでは勿体無い。

五月十七日(日)

六時出で港に行く。港横の駐車場に車を停め、自転車を組んで五十五分発の渡船、瀬戸内クルージングで因島土生まで行き、今度は芸予観光フェリーで今治まで行く。

今治には八時五十分着。ここで腹ごしらえ。事情を知った宿の仲居が持たせてくれた握り飯。

これが美味。ちょっと塩味の効いた。元気出る。

今治港から国道317号を西へ数キロ、車道のしまなみ海道入り口を越えてすぐを右折。しばらくダラダラの登り坂を上ってゆくと右手にあるのが「サンライズ糸山サイクリングターミナル」四国側のしなまみサイクリング拠点だ。

ここでマップをもらい、水分補給。たくさんの人が来ている。レンタサイクルで走る家族連れも多い。地元のチャリンコ乗りと暫し歓談のあと出発。

自転車歩行者専用道路のぐるぐるとした登りを登ってゆくと最初の橋が見えてくる。
来島海峡大橋。世界初三連吊橋、全長4,105メートル。それを渡って大島。この島の「亀老山展望公園」は見晴らし良し。やや激坂があるものの距離は短い。ここでの写真がないのは残念だ。デジカメの具合が悪かったらしくこの後のショットも全く写っていなかった。その事に気付くのは大三島に着いての後だった。悔しい。大島には他に「石文化伝承館」「村上水軍博物館」がある。が今回は観ずに行く。


陽射しはきついが海の上は涼しい。

次いで伯方大島大橋を渡る。桁橋部(伯方橋)325メートル、吊橋部(大島橋)840メートル。
伯方島へ渡る。あっさりと通過する。いつもそうだが一人で走ると何故かついつい先を急いでしまう。終いには食事も摂らずに走り続けた挙句に半ばハンガーノックになってダウン。我ながら己の性分が悲しい。

次に「大三島橋」、このルート唯一のアーチ橋。最近は複雑な加重計算がCADで比較的簡単に出来るようになったためかコスト面からか斜張橋が流行りだが、私はアーチ橋が好きだ。特に鋼鉄のトラス橋がいい。一番の気に入り、イギリスはスコットランドエディンバラ北部にあるフォース鉄道橋は圧巻だ。まるで巨大なマンモスのようで間近で観ると恐怖感さえある。そういうことを考えているうちに大三島に上陸する。

ちなみにしまなみ海道サイクリング道は整備が行き届いている。殆どが専用道で快適。迷いそうな場所にはちゃんと地面に標識がある。親切。ただ、なにもこの道順通りに走ることはないのだが。

そしていよいよ世界一の斜張橋多々羅大橋」へ。その手前に何故か自衛隊のヘリコが鎮座している。展示物らしい。異質な光景に驚く。

斜張橋といえばドイツが一番にくるだろう。この多々羅大橋もドイツのルードリッヒスハーヘンの高架橋に類似しているが、そのスケールは段違いである。斜張橋はその張られるワイヤーが橋梁支柱の上部、果てはその延線が架空の一点に集約されてゆくところに見事な構造美がある。
PC構造との融合で非常にスマートな橋であった。

一気に渡りきり生口島に到着。サンセットロードという確かに夕日が似合いそうな海沿いの道を走る。平山郁夫美術館まで来た時に、大三島大山祇神社参詣を失念していたことを知る。ここから戻れば片道20キロはあるか。ふと心の中で「また次回にでも」という弱気な声が聞こえてくるが、今回の一番の目的だった事を思い出し、ええーいと引返す。もう一回多々羅大橋を越え、大三島入り。この健忘癖が最近頓に酷い。悲しい。
ひとつ峠を越えて辿り着いた大山祇神社の神殿。

決して煌びやかなところはないが、さすが我が国の鎮守府総社。強烈な威厳を感じる。宝物殿には国宝の甲冑がぞろりと居並び、村上水軍の力をまざまざと見せ付けられた。やはり片道20キロでも引き返した甲斐あり。ヘルメットに付ける御守りが可愛いので土産に十個購入。目的達成、意気揚々で再び行口島へ向かおうとしてサイコンが動いていない事に気付く。どうやら胸に着けている心拍センサーの電池が逝ったらしい。門前の写真屋に尋ねるも置いていない。教えてもらったコーナンにて購入。いったいどこから動かなくなったのか不明。従って距離とカロリーは書き込みよりもっと伸びているはず。時間はそのままだが。
ちょっと気分が萎えたのでコーラを買う。元気が出てきたので走り出す。当然もう一度多々羅大橋を渡る。都合三回。疲れた。

途中モアイを見て驚く。何の関係か?

生口島には前出の平山郁夫美術館がある。現東京芸大総長の美術館である。この島のお生まれらしい。
平山先生のシルクロードを題材にした絵の夕日の色はこの島の夕日だったんじゃないかとふと思う。なかなか感慨深い。

次は生口橋。これも美しい。斜張橋としては世界九位の長さだとか。
渡った先はいよいよ因島。なんと因島のコンビニで初めて食事をする。御握り、サンドイッチ、シュークリーム、レモン飲料に一口羊羹。また水分補給して走る。次の橋は因島大橋だ。

この橋は他と違い車道と自転車道が上下に走る珍しいもの。お陰で涼しかった。

なかなかのトラス橋、向島から岩子島への橋だった。
この島からは橋がない。対岸の尾道までは渡し船に乗る。地元の男子高校生たちが喧しいが、これもまた微笑ましい。

渡航賃七十円を潮焼けた老係員に支払う。これもまた風情がある。


5時間5分、121.56キロ。1821Kcal

モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)

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